「人と比べず自分自身の作品づくりを」 人気刺繍作家suzu先生が語る、コロナ禍の決意と再出発

2025/07/11

FANTISTで、いち早く刺繍部門の講師として動画配信を行った人気刺繍作家のsuzu先生。Instagramフォロワーは10万人超え、今年3月には2冊目の著書を出版し、作家活動や講師活動など活躍の幅を広げている先生ですが、実はコロナ禍で一大決心をするまで、一度本格的に学んだ刺繍を10年近くお休みされていたといいます。長いブランクを経て見つめ直した自分の意志、制作への向き合い方とは?

中学時代の目覚めから学びを重ね、刺繍の道へ

ーー suzu先生が刺繍に出会ったのは、いつ、どんなきっかけだったのでしょうか?

目覚めたきっかけは、中学校の家庭科の授業でハマったことですね。「なにこれ、楽しい!」って。といっても、その時は洋服を作る方が好きだったので、刺繍は日頃やってなかったんです。その後、洋服づくりを学ぶために文化女子短期大学部(現 文化学園大学)に入学したのですが、そこで刺繍の授業があって面白さを思い出して熱中しました。

卒業後は舞台衣装を学びたいと思ってロンドン芸術大学に留学したんですが、そこで出会った先生から影響を受けてテキスタイルデザインを専攻し、テキスタイルの模様やデザインをつくる基礎を学びました。

この留学中に「スタンプワーク」という立体刺繍に出会って、「こんな刺繍があるんだ!」「ぜひやってみたい」と思って個人の先生に1年間基礎を教えてもらいました。王立刺繍学校出身の方だったので、技術も別格で指導もとても厳しかったですね(笑)。

ーー ずっと服飾系を学びながら、その時々でのタイミングやご縁があって刺繍を選ぶことになったのですね。

そうですね、私がバレエをしていたこともあって、最初は「日常」ではない服、装飾として刺繍が施されているような舞台衣装を手がけたいなと思ってイギリスに渡ったんです。それが行ってみたら、布や模様をつくることになって……でも生地って服のデザインの基礎でもあるので、それが今の活動の、刺繍でつくる模様につながっているのかなと思います。

ーー帰国後はそのまま刺繍をお仕事にされたのですか?

帰国後はウエディングドレスの会社に就職したんです。そこでは主にスタイリストとして働いていました。

仕事を始めてから忙しくて刺繍はほとんどできていなかったのですが、10年ほど勤めたタイミングでコロナのパンデミックが起きて……自宅で過ごす時間ができたことをきっかけに、「もう一度、思いっきり刺繍をやってみよう」と再開しました。

コロナで決意「人に気兼ねせず自分が納得いくまで刺繍を」

ーー まさにピンチがチャンスに……どんな気持ちがあったのでしょうか?

もう誰かにどう思われるかとかなんにも考えず、「自分が思ったとおりに一回作ってみようかな」と思ったんです。刺繍は自己満足ではあるんですけど、家族や他人の目を気にしてしまっていました。そういうのを一切捨てて、自分に制限をかけて作るのではなく、「その時間だけは自分のために作ってみよう」って思って。

あとは人と比べないことも意識していましたね。当時は、刺繍のスキルがすごい人と自分を比べて一喜一憂しがちだったので、「私は私の作品を作るぞ。もう一喜一憂しない」と決めて始めました。

ーー ご自分の気持ちを第一に作ってみることを始めて、どんな変化がありましたか?

自分が納得する作品づくりをしてみたいという思いで始めた刺繍でしたが、Instagramの投稿を通じて見てくださる方が想像以上に増えたり、見てくださった方の「刺繍をやってみたい」というきっかけになったのが嬉しかったですね。

「人に教える」ことで得られた、新しい刺繍との向き合い方

ーー 刺繍を仕事にする、ターニングポイントになったのは?

刺繍を再開して半年ほど経った2020年10月頃、ある出版社さんから「これまでの作品を本として出版しませんか」と声をかけてもらったんです。それまではあくまでも趣味として、仕事をしながら続けていましたが、そのオファーをきっかけに『少ない色数でも楽しめる 総柄刺繍』を出版しました。

当時はInstagramのフォロワーさんも1万人に満たないくらいだったんですけれど、今までの作品に少しプラスする形で図案を作ったり、小物も仕立てて、急いで出版して……という感じでしたね。初めての経験だったので大変でしたが、ちょうど産休に入る時期と重なったのでその時間を充てられました。

ーー FANTISTでの講師業はいつ、どんなきっかけで始めたのでしょうか?

本を出版して2021年に子どもを出産した後に、FANTISTさんからお声がけをいただきました。私にとって初めて人に刺繍を教えるという経験でしたし、自分で動画編集するのも初めてだったので、いろんな側面で自分の成長につながって、勉強になりました。どう説明をしたらわかりやすいか、教え方について考えるきっかけにもなりましたね。

ーー 人に教えることに、元から興味を持っていたんですか?

元々教えてみたいと思っていましたが、経験がなくて自信はなかったです。教員免許をとってたわけでもなく、作り手として感覚的にやってることを、講師として理論的に説明するのは簡単なことではないですし……。FANTISTさんで動画を作り始めてから、それを意識した作品作りになりましたね。「なんとなくこっち」ではなく、「こういう理由でこっち」という風に、説明のつく作品の作り方を考えるようになりました。

受講者の方から「どうしてこうなんですか?」と聞かれた時に、「なんかそう教わったから」「なんとなくこうした方が綺麗になる気がするから」という回答ではダメなので、その辺りを分析してみたり、いろいろ試したり調べたりして、自信をつけてきました。

ーー 動画をわかりやすくするために、どんなことを工夫されましたか?

刺繍は織り糸1本単位で動くものなので、画面を通じて針の刺す位置や距離感などがしっかり伝わるように、アングルなどを細かく調整して工夫しました。さらにその映像に口頭の説明も加えて、本を読むだけではわからない実践的なポイントをしっかり伝えたいと思って作りました。

ーー suzu先生は刺繍をしたいという個人的な制作意欲から始まって、今は刺繍を教えるお仕事もしていらっしゃいますが、モチベーションや面白さといったところはどんな違いがありますか?

受講してくださった方から反応をもらえるとすごく嬉しいです。「できました」「すごく楽しかったです」という言葉から感じる充実感は、自分の作品が完成した時の感覚とはまた違うんですよね。

アトリエを持ち、絵本を作る──広がる刺繍の夢

ーーsuzu先生にとって、刺繍をする上での喜びとはなんでしょうか?

作品が出来上がった時の達成感だと思います。刺繍を再開する前の私は、仕事をしていても育児をしてても、達成感を感じられなかったんです。子育ては思い通りにはいかずゴールもないですし、仕事も帰宅時間になれば急いで帰るような日々で、どこか中途半端な感覚が拭えませんでした。どこかで「私、何にもできないかも」って思ってしまっていたので、何か「できる」という肯定感みたいなものを得たかったんですよね。

ーー 同じように感じている方は多いかもしれないですね。

刺繍は頑張れば完成するんですよね。それが次の作品を作りたいというモチベーションになりますし、精神的な支えになりました。手作業なのでリラックス効果も感じて、自分の価値が生き返った感覚がありました。「ちょっとずつ、コツコツ」の極みではあるんですが、そういうのが好きな人にはおすすめかなとは思います。

ーー最後に、suzu先生の今後の目標を聞かせてください。

いつか個人でアトリエを持ちたいと思っています。今は自宅のリビングで作業をして、その都度片づけて……という形で自分の刺繍のスペースは無いので、作業環境を整えてさらに良い活動につなげていきたいです。そのアトリエで小さな刺繍教室を開いたり、刺繍のグッズとかを販売したり……というのも素敵ですよね。ほかには、”全部が刺繍でできた絵本”を作ってみたいという夢もあります。なんの営利もない部分での夢ですが、何年、何十年先でもいいのでいつか作ってみたいです。

プロフィール

suzu

福岡県出身。文化女子短期大学部(現 文化学園大学)卒業後、渡英してロンドン芸術大学のコースにてテキスタイルを専攻。在英中に出会ったオートクチュールや英国刺繍の世界に魅了され、王立刺繍学校出身の講師に師事。スタンプワーク、ホワイトワーク、ハーダンガー刺繍を学ぶ。2021年に「theRibbonknot」を立ち上げ、大人かわいいモチーフで彩るテキスタイル刺繍を提案。2025年3月に新著『刺繍で描く、布もよう』を発売。(Instagram:@the.ribbon.knot

suzu先生に学ぶ
立体刺繍コースレッスン

【スミルナステッチ】を使って立体的なモチーフ刺繍(立体刺繍)を学べるレッスン。思わず触りたくなる"ふわふわの立体刺繍"を、初心者でも挑戦できるよう基本から丁寧にレクチャーしている。

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著者

吉澤志保

雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。(Instagramアカウント @sioyoshi_arc